過去のチーズ系主婦日記(2001年2月〜8月)

私、ゆうこの、毎日のひと言感想文みたいなものです。
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2001.08.23(thu)

暦の上では秋とは言え、実際にはまだ真夏の最中ではあるが・・・。
ダンナの両親と2世帯住宅に住んでいる佐藤家は今年の11月に執り行う七五三の準備にかかっている。 親である私やダンナはそういう決まり事などの準備には疎くて、もうそんなことを考えないといけないの?とのんびり構えていたのだが、下の両親は着物を用意するならもう注文をしないと・・・と先々の準備にぬかりがない。
え?着物を買ってくださるの?でもたった1度きりの七五三の行事のために着物を買うのはちょっともったいないのでは?と思ってしまうわたしは、相当ケチなのかもしれない。
「そのお祝いのお金で美味しいものをみんなで食べに行きたいんですけど・・・」ともう少しで口走ってしまいそうになったけれど、たった一人の孫、しかも義両親にとっては初めての女の子に晴れ着を着せてあげたいと思う気持ちは痛いほど分かるし、とてもありがたいことだとも思う。

そして夏休みの間に揃えようということになり、日本橋の三越まででかけていった。買うかどうかは着物を見てからと考えていたので心の準備はほとんどなくでかけたのだが、さすが老舗のデパートだけあって七五三用の着物がたくさんあるわあるわ。色も赤からピンクから水色から黄色からと色とりどりで目移りしてしまう。
一つの単価がとても高いし、それに付随する帯や草履などなどの数も異様に多い。子供用にあつらえてあるので大きくなってからまたそれを着ることも出来ないし、やはり無駄かなぁと思う気持ちも半分。
しかし次から次へと袖を通すうちにだんだん目も慣れていって、やはり着物はいい、馬子にも衣装だわ・・と思えてしまう。

しかも値札の付いている着物を見ていると、高いものほどやはり物が良さそうに思えてしまう。店員さんに「ここのところの染めがなかなか大変な作業で・・」とか「この刺繍は見事な仕事ぶりです」なんて聞いてしまうと、どうせなら出来る範囲でいいものを着せてやりたいと、だんだん着物購入モードに入っていってしまい、ついに丸ごとセットでお買いあげ〜〜という運びになってしまった。

もうこうなったら七五三を佐藤家の一大イベントにして、親も子もおばあちゃんおじいちゃんもうんと楽しもう!みんなでめかし込んで、どこか美味しいところで食事をしよう!関西からもう一組のおじいちゃんとおばあちゃんにも上京してもらおう!
と、かなり開き直ってしまっている。

神社も近くの氏神様もいいけれど、どうせなら大きな所を、写真も上手に撮ってくれる写真館を、食事も美味しくて雰囲気の良いところを・・・どんどん希望が大きくなってきている。

そして一番肝心なのは、私の装い!!!
七五三の準主役の母親としては悔いの残らない格好をしなければね。
ひとり浮かれている私だが、ダンナと娘は「なんだっていいんじゃない?」とノリが悪い。一人空回りで七五三を迎えそう。。。


2001.08.17(fri)

暑い暑いといいながらも、何とか8月も真ん中まで来た。あともう少しで秋!(←ほんまか?)

昨日、家族3人で広尾の頭文字が「P」というフレンチにディナーに行った。
ここのお店はダンナと2回目のデートで来たちょっと思い出のあるお店。(彼は良くこの店をデートで使っていたらしい・・・) そのときの事を思うと、何年かあとにまさか自分たちの子供を連れて食べに来るなんて想像もしなかったことだ。
その日ダンナと何をしゃべって何を思ったかは全く覚えていないが、そのお店で初めて食べたメインディッシュの「リード・ボー」(牛の胸腺肉)は、その食感や味がとても印象的だったので今でも覚えているし、デザートの前に勧められたチーズプラトーを見て、そのときはまだチーズの「チ」の字も知らなかった私はその種類の多さや珍しさに非常に感動し、おそるおそるチーズを口にしたことも良く覚えている。

そんなことを想いながら再訪。果たしてどんな料理と出会えるか期待が膨らんだ。

コースはアラカルトのメニューから好きなものをいくつかチョイスする形式。子供連れなので娘でも食べられるようなものを選びつつコースを組み立てていく。
前菜には私は当然リード・ボーをチョイス。ダンナはフォアグラ、娘はトウモロコシのポタージュを。
リード・ボーは前回ほどの感動はないものの、バルサミコ酢とオリーブオイルを使った味付けは私の好み。
ダンナのフォアグラのテリーヌもコンソメのジュレとともに食べるので、夏でもさっぱりとしている。わざと焦げ目をつけてトーストした小さなフランスパンとともに口に運べば、その焦げの苦みが口の中でフォアグラとどういうわけか楽しく調和する。ちょっと尿酸値やコレステロールの気になるお年頃のダンナなので、横からフォアグラを頂戴して娘にもお裾分けを。
娘 「おいしいね、このレバー」。
母 「あたりまえやないの!これが『フォアグラ』って言うねんよ!」としっかりたたき込まねば、猫に小判以下の価値になってしまう。(味覚の英才教育をするつもりは全くないけど)
娘のコーンのポタージュもさすがのお味。アイスクリーム状に氷結している塊が冷たいポタージュの真ん中に浮いている。そして金箔が散っている豪華版。見た目もひとひねりもふたひねりもしていてこれも非常に楽しいお皿。

そしてメインに私は伊勢エビのムースのパイ包み(正式名称はきれいさっぱり忘れた)、ダンナは子羊を。
伊勢エビはメートルがテーブルの前でお皿にとりわけ、ソースもその場でアルコールランプで温めながら供するいわゆる「ゲリドンサービス」であった。その手さばきに惚れ惚れし、パイの香ばしい香り、ムースのふんわりとした感触、そしてソースの魚介の旨みがぎっしりと詰まったコクのある味と香りは一日経っても鼻先を離れない強烈な印象となって残っている。
そしてダンナの子羊のお皿のソースがまた驚きで、クレソンのみを使ったという緑色のソースは葉緑素の味と香りが濃厚。わさびの親戚であるゆえのぴりっとした辛みと隠し味に使ったというマスタードが暑さで少々減退気味の食欲をすごい勢いで呼び起こす。
またまた忘れられない料理が増えた。

フレンチに来て私の一番のお楽しみは、そのお店がどんなチーズを用意していてどんな状態でお客さんに提供しているか、またどうやってサービスをしてくれるのかを見ること。(いやなお客?)
こちらのチーズはすごかった。なにがすごいかというと、今まで食べたこと無いチーズが揃っていた。
ルブロション、サンマルセラン、ラングル・・良く知られたこれらのチーズがかなり今までとは違った見た目の状態でプラトーに乗っていたのだ。メートルも「チーズは是非と食べて欲しい、すばらしいものですから。」と自信たっぷり。
聞けば南フランスでチーズの熟成をしている有名な熟成士のところの熟成庫から直接チーズを買い付けているそうで、ルブロションもサンマルセランも私が今まで思っていた熟成状態とはかなり違うにもかかわらず、チーズの嫌なくせが出ずに美味しく、また独特の熟成状態が保たれているのだ。(あぁ、上手く状態を説明できないのがもどかしい!)
具体的に言うと、ルブロションはそんなに熟成をさせて食べるチーズではないと思っていたし、またさせたものを食べたことがなかったのだが、ここのチーズは表面がかなり茶色っぽくなりチーズも一回りくらい縮んだものがサービスされていた。見た目が劣化しているように思ったので味も苦かったり、ピリッとした辛みを感じたりするのかと思ったのだが、優しいルブロションのミルクの味がさらに濃厚に凝縮して全く苦みや辛みなどは感じられない深みのある味に仕上がっていた。
フランスには熟成士という専門職があるくらいだから、その人たちの手にかかるとチーズもいろんな熟成をしていろんな味に変化する可能性があるのだろう。日本ではなかなかそういうスペシャルなチーズに出会うことがないし、また個人的に手に入れるすべもない。

フレンチレストランという非日常の場所でこのようなチーズに出会えると「あぁ、お金を払ってきた甲斐があったなぁ」と満足度がかなりアップする。そしてそのようなチーズを正しい知識を持って、また価値を知って仕入れていると思うとチーズープロフェショナル協会の会員兼理事として、お店に対して花マルをあげたくなってしまう。
ロス率が非常に高いチーズだけれど、これからもがんばってこういうチーズを提供していって欲しい!
(と、こっそりと日記に書き記しておこう。)


2001.07.6(fri)

今日、小1の娘が学校からしょんぼり帰ってきた。帰ってくる時間もいつもより20分くらい遅れていたので帰り道でお友達とケンカをしたか、虫に遭遇したか(彼女は虫を異常に恐れている)、何かハプニングが起きたに違いないと思い尋ねてみた。

すると学校で担任の先生に「佐藤さん、放課後ちょっと話があります」といって残されたらしい。彼女の話によると、学校の帰り道にいかにも子供らしいイタズラを友達数人で行いそれについて咎められ、叱られたとのこと。それを告白しながらみるみる目に涙を溜めて、最後には大泣きに。

先生が注意されるはももっともなことだと思うし、特別きつく叱られて罰を受けたわけではないらしいのだが、彼女は意外にデリケートで非常にショックに思えたらしい。そりゃ、普通の小学生しかも低学年の女の子にとっては、いくら時代が変わったからと言っても学校の先生は絶対的な存在だし、先生に怒られるということは最も避けるべき事態と思っているのは当然。

聞けば彼女は先生に注意をされること、叱られることにならないように日々注意深く学校生活を送り、誉められるよういつも優等生になる努力を彼女なりにしているそうだ。自分でもこの数ヶ月間は上々な出来でどこも抜けはないと信じていたようだ。で、今日のおとがめは入学以来初めての失態というわけだそうだ。

それを聞いて、あぁなんてまだ「純」なやつだろう・・・と微笑ましく思ってしまった。そんなこと、これからの長〜い学生生活においては米粒ほどの小さな出来事だし、そういうことを積み重ねていくごとにどんどんふてぶてしい人間になっていくのだ。私も小学生の頃はなんだか非常にビクビクと学校生活を送っていたように思う。集団の中で浮かないように、そして先生から一目置かれるように・・・と神経質になっていた。これも遺伝なのかもしれない。

でも中学に入ってしばらくして、ふてぶてしさを発揮してきたように思う。そりゃ、道を外れるようなことはしなかったし、「あぁ、これって不良のすることだわ〜」なんて当時思っていたことも、今から考えるとなんてちっぽけなことだったのかしら・・と笑えるくらい。でもだんだん要領というか、自分の中での善悪がついてきて、親や先生がだめだというからしてはいけない・・という物事の測り方ではない自分主体に物事を考えられるようになってくるものだ。

学校で毎日、息を詰めて優等生を努める娘がなんだか可哀想だけれど、もっと楽にして良いんだよ・・なんて言ってみても彼女の性分だからしょうがない。小市民的な感覚は私の遺伝だと思われるから。でも上手にこの時期を乗り切って、いつか「優等生でいること」を上手に卒業できることをただ祈るばかりだ。


2001.06.19(tue)

昨日(月曜日)の夕御飯に土曜日に作って残っていた親子丼を温め直して食べた。
食べて1時間後、なんだかムカムカと気分が悪くなり、起きていられないくらい辛くなってきた。吐いてしまえば楽になる・・・と思いつつも、嘔吐するのが好きでないので(好きな人なんているかい!)ガマンして晩ご飯の後かたづけも早々に床についた。

寝ていても気分の悪さは取れず、ついに夜中の2時頃に戻してしまった。それからは1時間ごとにトイレに駆け込む始末。朝には胃の中身が空っぽになってしまったにもかかわらず、吐き気が続いた。

これはきっと「親子丼」の卵が悪くなっていて食中毒になったんだ・・と思い、とにかく自分の使ったタオルとか触ったところをダンナや娘に触らせないように気を使った。くだしていないからO-157ではないだろうなぁ・・卵だから「サルモネラ」かなぁ・・と先日CPAの「食品衛生」の講習会で仕入れたばかりの知識をあれこれめぐらせて、私なりに考えていた。

朝、近所のお医者に診てもらったら私の想像とは違い、「胃下垂からくる消化不良」とのこと。
どうやら私は胃下垂で、胃下垂の人の特徴として食べ物が胃の中に入って、通常だと2〜3時間で腸に移動するのに、胃下垂の人はいつまでも胃の中にとどまっていて、しかも水分も溜め込んでしまうので胃液が薄くなり消化不良を起こしやすいらしい。

単なる消化不良・・という診察になんだか「本当かなぁ」という気持ちも残しつつ、薬を出してもらい家に帰った。胃の中はカラッポなのだが一向にお腹はすかないし、何かちょっとでも口にするとすぐにムカムカが襲ってくるので、今日は夜にすり下ろしのりんごをひとつ食べただけ。
それでもまだ胃の中の調子がおかしい。

胃下垂という体質がすぐに改善できるとは考えられないだけに、これからもこういうことがしばしば起こるのかと思うとうんざりしてしまう。でも何も食べれないと、体がすごく重くて何もやる気が起きないし、ひたすら眠れるものなのだ。
昨日炊いたご飯を1日中放置していて、24時間後くらいに蓋を開けてみたらいや〜な匂いを放っていた。食中毒にも十分に気を付けないといけない時期でもある。


2001.06.12(tue)

昨日、CPAの資格認定試験の事前講習会があった。今回の講習会の責任者ということだったのでお弁当の手配や受付のお手伝いのバイトさんの手配などなど雑用を担当した。

講習会にはゆうこチーズネットの常連さんも何人かいらしていて、受付で「初めまして」ってことがしばしばある。メールでのやり取りをしているだけの人に実際に会うと、なんだか妙に現実感がなくて知っているような知らないような・・・まさに不思議な感覚にとらわれる。多分、ネット上の私でなくて実物を見た相手の人たちも不思議な感覚をいだいているに違いない。

そんな中で、ネットで私の存在を知りメールを過去にもらって何度かやり取りをした女性に受付のお手伝いをお願いした。彼女はCPAの会員で去年の資格試験の合格者でもある。去年の試験のときに一度だけ顔を合わせているが、お互いそれほどプライベートなことも知らないし顔見知り程度だったが、昨日はなしをしていて私の中学・高校の後輩ということが判明した。

4つも離れているので接点はほとんどなかったのだが、それがわかった途端すごい親近感がわいて旧知の仲のように接してしまった。
関西ではなく東京で、しかもチーズという小さなくくりの中でまさか学校の後輩に出会えるとは世間は狭いものだ。ついでに言うと、去年も名古屋に住んでいる中学・高校時代の後輩から偶然メールをもらい(ダンナ宛にだけれど)、その彼女もいまチーズに夢中になっている。

「チーズを勉強してます」というと学生時代の友人はみな口々に「不思議なことをしているのね」と理解できないような反応をしめすのだが、こんな珍しいことを同じ学校に学んだ後輩たちも夢中になっているという事実がなんだかとても嬉しい気がした。
「ね、チーズってやっぱり面白いよね」って思わず声をかけてしまいたいような。


2001.06.06(wed)

東京に引っ越してきて今日で1年。
すっかりこちらの暮らしにも慣れた。この土地でようやく私なりにコミュニティーを作れたし、以前のお友達が夢に出てくる回数もうんと減った。1年も経てば当たり前といえば当たり前だけど。

そして1年目にしてやっと東京で髪を切った。
毎日の買い物、洋服や靴、そして病院などは必要に迫られて、または意識なく新しいお店を開拓することができていたのだが、美容院がなかなか新規店を開拓できないでいた。
この1年間というものは関西に帰省する度に今までの行っていた美容院に予約を入れてカットしてもらっていたのだが、そうそう定期的に帰省するわけではないので無惨なヘアースタイルで過ごす日々が長くなることもしばしばだった。

3月にカットして以来、伸ばし放題だった髪の毛はまとまらなくて毎日うんざりしていたので、長く東京に住んでいる友人についに美容院を紹介してもらった。
彼女は青山(!)に髪の毛を切りにいっているそうで、たまたま娘の音楽教室の目と鼻の先の所にあることがわかったので、さっそく予約をした。

初めての美容院というのはとても緊張する。
しかも青山の美容院って田舎ものにとってはなかなか敷居の高いところ。星の数ほどあるし、しかもどこもはやっていそうで、友達の紹介がないとどこの美容院に行けばいいのかてんで見当がつかない。

担当のお兄さんが挨拶に来て、まずはカウンセリングをする。
「思い切って短くしてみませんか?顔のラインをきれいに見せた方がいいですよ。」と言われ、私も特に希望の髪型がなかったので彼のインスピレーションにかけてみた。

『まな板の上の鯛』状態。
椅子に座って鏡に映る自分を見ながら、ざくざく、ざんざん、とどんどん切られる髪を見ていてちょっと不安に。だってここは青山の美容院、「モードなへアースタイル」などといわれて私の理解を超える髪型にされてしまう恐れがないとは言えない。
他のお客さんの年齢層はどうやら10歳くらい若いし。

数分後、出来上がった頭はそんなにショートヘアーではないがとても軽い感じの仕上がり。
ワックスを手に付けて手ぐしでちょちょいと整えるだけで、それなりのヘアースタイルが出来上がる。
手入れが簡単そうなのも嬉しいけれど、鏡に映った今までと違った顔を気に入ってウキウキと心が軽くなったことも嬉しい。

こうしてまたひとつ関西から引きずってきた物を断ち切った。

2001.05.22(tue)

最近仕事が超多忙のダンナ。休みの日はとにかく家でゆっくりとすごし、だらりとすることで溜まった疲れを抜かないと過労死をしてしまうのでは・・・と真剣に心配をしている(歳も歳だし)。
だらりと過ごす休日もいいが、逆に運動不足が体力の低下を加速させてしまうことも心配。
そこで季節の良い今の時期の週末は自宅近辺の散歩を約2時間くらい家族でしている。
往復40分の通学を毎日している小1の娘は2時間くらいの散歩は軽々なのだが、ダンナはかなりきつそう。

そんな佐藤家だから旅行などということは全く計画していなかったのだが、先週末3人で宮古島へ行って来た。余暇と経済的な余裕があっての旅行ではなく、純粋にダンナの仕事への同行。
一昨年沖縄の食に関する本「胃袋で感じた沖縄」を執筆・出版したこともあり、とある航空会社から沖縄の知られざる食材を取材をしてエッセイを書いて欲しいという依頼があった。
そのため彼一人で出張&取材をすることになっていたのだが、ほら、カラダが心配じゃない。妻として。
だから子供まで同伴でくっついていったってワケだ(単に珊瑚礁の海に心惹かれた・・・ということもあるけど)。

沖縄地方は学生の頃から友達と何度か訪れていた。離島も石垣島や西表島には行ったこともある。しかし宮古島ってのは初めてで、実は地図上ではどのあたりにあるのかも知らなかった。
沖縄の離島では最も重要な(?)島だそうだ。

宮古空港からレンタカーで市内に向かって走る・・・。南国らしくソテツのような椰子の木のようなずんぐりとした木が街路樹に植わっている。そしてハイビスカスやブーゲンビリアの花々が至るところで咲き乱れて南国情緒がムンムン漂っていた。
家並みも塀が低く、コンクリートの四角い感じの家が目につく。本州で見るような2階建てや3階建てのかわらぶきの屋根の家はあまり見ない。
あぁ、ここは沖縄だわ!と一人で旅情に浸り嬉しくなってしまった。

街に近づくにつれ、やたらコンビニが目につく。ファミリーマートや地方でよく見かけるスパーが至る所に。そのコンビニでは当然の事ながら東京のコンビニと同じものが売られていた。おにぎりやお弁当。ペットボトルのお茶やお菓子類、化粧品、雑誌・・・・。そして茶髪でピアスをした今どき風の若者が、アルバイトしている。

宿(民宿)にはエアコンも清潔なお布団も完備され(トイレとシャワーは共同。トイレはもちろん水洗、シャワーは水しかでなかったけど。)、いつもの暮らしと何ら変わらない快適な生活が。
テレビのスイッチをつければいつも見ている番組が放映されている。当たり前の話だけれど、遠いところに旅に来ているつもりでいる私にとっては「どこでも同じ」ということがどうもしっくりこない。
日本国内だから当然だけど、「時差」がまるでない。あえていうならば梅雨に入っている沖縄地方の季節だけは「時差」があるが。

15年前頃に体験した沖縄はもっともっと異世界だったように思う。
それは単に人生における経験が少なかったからかもしれない。

しかし「どこでも同じ」という感覚が決定的に違う出来事が1点。
民宿は宿を経営しているおばちゃんが住む母屋と別棟になっていて5部屋あった。5部屋はふすまで仕切られているのだが、もちろん各部屋の鍵はついていない。
そしてその宿の棟の入り口、窓など外から出入りが出来るところにも鍵というものが存在しない。あっても壊れていて機能していなかった。
「ピッキング」が横行しているこの時代に戸締まりだけは常に神経をとがらせているので、夜眠るときに開けっ放しで寝るなんて信じられない。

宮古島には情報は時差なしで伝わっているようだが、おおらかさはまだ失われていないようだった。このおおらかさもあと15年もしたら失われてしまうのだろうか・・・。

2001.04.24(tue)

昨日郵便局から届いた1通のハガキ。

10年前に郵便局の定額貯金というものを始めて、その満期のお知らせだった。
その頃は高金利だったので、そして郵便局の定額貯金がとっても流行っていたのだ。

そうか。あれからもう10年。
あの頃のわたしはまだ20代。
大学出て、仕事にも慣れて、毎年海外旅行して、冬にはスキーにいきまくって、夜遊びもしまくって、なんといっても身軽だったよなぁ・・・。

そうそう、あの頃おつき合いしていた人が某都市銀行の行員で、その人に「郵便局の定額貯金が、素人の君の蓄財には一番手堅くて合ってるんじゃない?」って薦められたのでした。
で、それならばとその時一生懸命かき集めたまとまったお金がたったの50万円。
「50万円ぽっちのお金だけど・・・」と手続きを済ましたことを知らせたら、「少なくても、チリも積もるから。」と貯金をする行為に対してなんだかとても評価してくれたように記憶している。

そしてその50万円が知らないうちに10年経って満期を迎えると・・・・
なんと利子が432,432円もついているので、ビックリ仰天。税金引かれて345.947円になってしまうけれど、利率が6.33%だとこんなに増えるものなのね・・・。
10年後の嬉しいボーナスだ!
さて何に使おう!いや、低金利時代だけれどまた10年間どこかに預けるか?

ダンナに相談した。
「それっぽっちパーッと使ってしまったら?」
そう、ダンナは貯金などには余り縁のない人生を送っている。
「お金は回るものだ〜」などと言って入ってきたら、銀行に入れずにそのまま胃袋へ入れてしまう感じ。絶対に貯金なんて薦めない。

それぞれの人生があるんだなぁ。

2001.04.20(fri)

娘が小学校に通いだして2週間たつ。
朝も今までよりも1時間も早く起きて準備をしないとならないとか、かなり長い道のりを一人で歩いて通わないとならないとか不安なことも多かったが、本人は楽しく通っている。

親としても小学校生活が珍しいので帰ってくるたびに「今日は何をしたの?」とか「給食はどうだった?」とか「お友達できた?」とか質問ぜめに。そうするとかえって子供はちゃんと応えてくれなくて「うん」とか「ううん」とかぐらいにしか返事をしない。いったいどんな小学校生活をおくっているのか・・と授業参観が今から待ち遠しい。

たまに思いだしたように学校での出来事の断片を語ることがある。
このあいだは 「クラスのなんとか君っていう男の子は悪い子なんだよ!だって先生が「わかりましたか?」って聞いたら「わかりませ〜ん!」ってわざと言うし、先生が起立!っていってもおしゃべりばっかりしててゆうこと聞かないんだよ」と初めて他のお友達の様子を語った。

「じゃ、あなたはどうしているの?」
「わたしは前を向いてじっと先生の顔を見てお話聞いているの。ぜんぜん注意されたこと無いんだよ!!」と得意そうに言っている。

あれれ・・・、うちの子って真面目なタイプなんだわ。
あんまり人並みはずれたことをしでかされてもイヤかもしれないけれど、あまりにも型にはまっているのもつまらない。
適当な遊びがあってのびのびとしてくれて、それでいて押さえるところは押さえて・・・と自分のことは棚に上げて欲をかいてしまう。

ここ2日ほど熱を出して学校を休んだ。
だんだん疲れがたまって出てくる頃だと担任の先生はおっしゃっていた。
給食に異常に興味を持っている彼女は「今日はどんな給食なのかなぁ・・・」としきりに気にしている。
そして彼女なりに真面目な学校生活を過ごすのにかなりのエネルギーを使っているのかもしれない。
これから続く長〜い学生生活のまだほんの始まりだけれど、息切れせず、良いお友達をたくさん作れたらいいなぁと親として思わずにはいられない。


2001.03.11(sun)

紀伊国屋はすごい。
紀伊国屋のなかでも‘internatinal’と銘打っている青山店はすごい。
なにがすごいって、フェアがすごい。フェアっていうのは「特集」というか「企画もん」ということ。
娘のお稽古のあいだ(青山に週1回お稽古に通っているなんて、けっこう教育ママのわたし)、ふらりと紀伊国屋に遊びに行くことがある。
特に何を買いたいということはないのだが食材を見ているだけで面白いし、チーズだってパンだってたまに特売品があったりするのでそういうときは予定外に購入したりすることもあるのだ。

一昨日ふらりと寄ったときに紀伊国屋は「ドイツフェア」をしていた。
ドイツの輸入食材やドイツ系の雑貨など、よく百貨店の催事でやっているようなノリの小規模なものなのだが、見ているだけで楽しげな食べ物がならんでいた。
ワインやビールはもちろん、ハムやソーセージもけっこういろんな種類があるし、いつもにも増してドイツパンがたくさん能書き付きで陳列しているのでわかりやすい上に目立っていた。

そしてチーズはなかなか素晴らしかった。
ドイツのチーズって輸入されていても花形が少ないので「カンボゾーラ」や「ババリアブルー」くらいしか名前が知られていないが、この度のフェアでは本でしか見たことのないドイツチーズの数々が並んでいた。

CPAの教本のドイツのチーズ事情の項に載っているチーズも、大きな声では言えないけれど実は私食べたことがないものがほとんどで(というより日本でいったいどこで売っているの?というようなチーズばかり)、どこかでお目にかかれないかといつも注意深く目を光らせているのである。

ヨーグルトのような味の「クワルク」というフレッシュチーズはドイツでのチーズの生産の大半を占めているということだが、日本では国産のものが最近は売っているがドイツから輸入したものはほとんど見かけない。

ドイツの中では主要なチーズでもなぜ日本では知名度がそれほどないかというと、ドイツのチーズはフランスやベルギー、スイス、オランダなどの近隣の国々の模倣のチーズが多いのだ。主要なチーズといわれる「リンバーガー」もベルギー原産のチーズだし、「ステッペン」も日本では「ドイツモッツァレラ」といわれてイタリアのモッツァレラの代用品としてピザチーズひそかに利用されている。あまりオリジナリティーがないということで、フランスやイタリアのチーズほどのインパクトに欠けるのが敗因なのでは?と私は思う。

そんなめったにお目にかからないチーズたちが、紀伊国屋がこのフェアのためだけに輸入したというふれこみでずらりと並んでいたのが圧巻だった。
「クワルク」はもちろん、「リンバーガー」もあった。フランスのマンステールを真似して作られているという「ミュンスター」も初めてお目にかかれた。「ボニファッツ」もペッパー入りだけでなく、マッシュルーム入り、ガーリック入り、ペパロニ入りなどいろんなバージョンがあった。

でもいったいこれらのチーズを誰が買っていくのだろうか?
紀伊国屋には勝算があるのだろうか?
ドイツマニア、もしくは私のようなチーズマニアが東京にはたくさんいるのだろうか?
そう、私は予定外に大量購入をしてしまったのだった。


2001.03.10(sat)

2週間に一度、静岡から有機野菜セットが定期的に届く。
CPAの理事の久保田さんの紹介でこの宅配サービスを取り始めたのだが、毎回12種類前後の旬の野菜、果物がお任せでセットになって配達される。何が入っているかは来てからのお楽しみ。
取り始めた当初はその時に欲しい野菜が必ずしも入っているわけではないので不経済かなぁとも思ったが、届く野菜で季節を知ることができたり今まで扱ったことがない野菜、店頭に売られていても決して買わなかったような野菜が入っていることもあるので、新たな料理にチャレンジをしてレパートリーを広げていったりと料理の幅も少々広がった。

秋には生の栗が山ほど入っていて栗ご飯以外に何か使いようがないかとインターネットで検索をした結果、「栗の渋皮煮」というメニューにチャレンジ。
まず鬼皮を剥いて(手が痛くなった)、重曹を使って何度も煮こぼして、ことことと煮含めていくという手間も時間もかかったが、出来上がったものを見て自分でよくもこんなものを作ったなぁとかなりの充実感を味わえた(味そのものはたいしたことなかったが)。

赤カブが入っていたときは酢の物にしたり、自分で浅漬けを作ったりと何十年か昔のお母ちゃん気分も味わえた(漬物なんて買うものだと思っていたから)。

そして先日届いたパックには「ふきのとう」がたくさん入っていた。
天ぷらくらいしか調理方法を思いつかなくて、揚げ物を作る過程と片づけを最もきらっている私としてはどうしたものかと途方に暮れた。さっそく下の義母のところにふきのとうを抱えて相談に行くと、酢味噌和えで食べると良いとアドバイスをもらえた。
自分で買って料理をするという食材でないだけに、夕飯の小鉢の一品に加えるだけでなんだか特別な気分になるし、なにより季節感がどんな食材より強烈にアピールできて楽しい食卓になる。

そしてこの野菜パックには嬉しいオマケがついていることがある。
最近では毎回「大根の甘酢漬け」が入っている。これはたくあんほど古漬けっぽくなく、でも単なる浅漬けほどサッパリしていない漬物でおいしい。野菜や漬物がそれほど好きでない娘に非常にウケていて、毎日バリバリバリバリ・・・と歯ごたえと音と味を楽しんでいる。

野菜の福袋的な要素もあるこのセット、絶対に要らないものも入っているからと洋服やその他の福袋は決して買わない私だが、野菜に関していえば何とか無駄にならないようにと知恵をしぼり、食生活も自然と豊かになっているのでなかなか捨てたものではない。


2001.02.25(sun)

急に春めいてきたこの頃、娘の幼稚園生活もあと1ヶ月を切った。
子どもにとっては幼稚園を卒園するということよりも、その後の小学校への入学がすごく楽しみなようで、当然だがジメジメとした気分はなくやたらはしゃいでいる。
赤いランドセルも、新しい2Bのえんぴつも、真っ白い消しゴムも、入学式のお洋服もちゃんと準備できてタンスにしまってある。

親としての心情は月並みではあるが、ちょっと前まで赤ちゃんだったのに一人で学校を行き来するのかと思うと道中危険ではないかと心配ではあるが、こんなに大きくなったのだなぁと感慨深いものがある。・・・なんてしみじみしているのは、入学前、そして入学式当日くらいなもので、きっと学校生活が始まったらやれ宿題をしたのか、とか時間割を揃えろとか口うるさく言っている自分を簡単に想像できる。

それにしても幼稚園の卒園式の後の「謝恩会」なるものの準備がこんなに大変だったとは予想だにしなかった。
年長組は38人ほどの幼稚園だが、すべてのお母さんが何かの係りに付かなくてはならなかった。特に得意な分野がなかったので一番無難そうな「装飾係」についたのだが、とんだ選択ミスをしてしまったと今になって悔やんでいる。

謝恩会の会場となる幼稚園のホールを飾りたてる係りなのだが、係りになることが決まってから例年の様子の写真を見せてもらった。すると「ここは、ディズニーランド?はたまたピューロランド?」と思うくらいのテーマパークに引けを取らないような飾り付けで、ラブリーな花々やキャラクターがあちこちに配してあるのだ。

装飾係のママ達と今年のテーマは「くまのプーさん」にすることを決め、ホール中の扉や壁、天井までもプーさんの世界(つまり100エーカーの森状態)にしようということになった。そして私が受け持ったのは天井からつらさげる小動物。プーさんだからミツバチを・・・と張りぼてのハチを25体(かなり大きいから‘匹’という感覚ではない)作ることに。

胴体と頭の部分を風船を膨らませたものを土台に、まずは新聞紙、そして和紙を糊で重ねて貼っていき、乾いたら黄色いペンキを塗り、また乾かして黒いペンキで胴体にしましまを描く。そして羽根と触角を付ける。
もともとこういう工作系は全く得意でないので、出来上がったものは不気味なハチもどき。こんなに時間をかけて作ったというのに、ペンキにまみれて作ったというのにあまりの不出来にがっくり。

謝恩会まであと3週間、ミツバチの次には蝶々、お花、フクロウ、鳥・・・などまだまだ夜な夜な作らないといけないのだが、もうげんなりしている。こういう作業ってきっともっと向いている人がいるんだろうなぁ〜、お弁当の手配係とかそういうのになっておけば良かったなぁ〜と憂鬱な日々を送っている。

チーズ系主婦としての得意な分野を生かすところがない謝恩会で実に残念だ。←そんな謝恩会があるかい!


2001.02.05(mon)

あらら・・・という間に21世紀になり、気がつけば1ヶ月半も日記をサボってしまった。

先週末に芦屋のときの仲良し幼稚園ママとご主人、そして子供たちが遊びに来てくれた。彼らも去年暮れに東京に転勤になり、再会できたことをとても喜んでいる。

そのご一家は神楽坂に今は住んでいるのだが、お土産に「五十番」というところの肉まんをたくさん持ってきてくれた。私は肉まん(関西で言うならば豚まん)で、いままで「うわぁ、これおいしい〜」と意識したり感動したことがなかったのだが、今回のものは久々のヒットだった。
中のお肉が「豚肉ぅ〜」と主張があり「豚まんっ」(東京ではこう言わないけどね)という味がした。きっと開拓したらもっともっと美味しい肉まんがあるのかもしれないけれど、とりあえずはこの「五十番」の肉まんが私の‘肉まん第一歩’かもしれない。

そうそう、あんまんはもっぱら「中村屋」。これは幼少の頃より親しんでいる懐かしの味。きようけん(漢字がわからない)のシュウマイとともに、舌に刷り込まれているというか、あのトロリとしたゴマの風味の効いたこしあんでないと受け付けないカラダになっている。大量生産だしすごくありふれているのだろうけれどあんまんでこれを越える味にはまだ出会っていない。

それからコンビニなどでどんどん開発されている「カレーまん」とか「ピザまん」みたいなものは邪道だと思って今までまるで相手にしていなかったけれど、今回そのお友達のお土産で「五十番」の「焼きソバまん」というものをいただいて食べてみたが、なかなかのものだった。本当は「チーズ肉まん」(というものもあるみたい)を買ってきてくれていたつもりだったようなのだが、どういうわけか食べたら焼きそばが出てきて驚いた。でも、この意外な美味しさで「チーズ肉まん」も期待が持てそうな気がする。

しばらくは肉まん食べ比べのモードに入ってしまいそう・・・。




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