過去のチーズ系主婦日記(2000年6月〜12月)

私、ゆうこの、毎日のひと言感想文みたいなものです。
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2000.12.15(fri)

先日、母方の祖父が逝去した。体調が思わしくなくなってから数ヶ月で90歳の生涯を閉じた。
昨日お葬式があり、私も参列のため関西に帰った。
母は5人兄弟の一番上で、私はその長女。つまり祖父母にとっては初孫だったので何かと世話になったことも多かった。気安かったのでよく一人で遊びに行ったり泊まりに行ったりと交流が多かったので、お別れも名残惜しかった。

葬儀は葬儀会館で盛大にとりおこなわれた。身内の葬式を経験するのが初めてだったこともあり哀しみの中にも興味深いこともたくさんあった。
その中でも親戚が一同に集まり久しぶりに成長をした従兄弟たちと再会し、その成長ぶりになによりも驚いた。
母の兄弟(つまり叔父や叔母)には私の結婚式や祖父母の家で時々は会っていて、従兄弟たちの近況なども聞いてはいたが実際に会うのは10年ぶりくらい。しかも全部で(私と弟も入れて)11人。私が一番年長者で一番下は16歳。10年前は小学生や中学生ばかりだった少年少女が、ほとんど大学を卒業し社会人になっている。大人になっていたのだ・・・。
そりゃ私も結婚して子供産んで、世に言う「オバサン」になっているのだから当然なのだが、その昔、私が遊んであげた(だってお姉さんだったから)あの赤ちゃん達がみんな背も伸びて(私より背の低い従兄弟は一人もいない。私が一番チビ。)、美しく、たくましくなっていて、何だかとても眩しかった・・・。
眩しかったし、赤ちゃんの頃を知っているお姉さんとしてはその成長ぶりに目を細めてしまって。すっかり好々爺気分。いやはや好々婆とでも言うべきか。

そんな従兄弟達が「さとなおさんとゆうこちゃんのHP、チェックしてますよ〜」とか、「さとなおさんの朝日新聞の連載読んでましたよ〜」と言ってくれた(彼らはダンナには一度もあったことがないにも拘わらず)。
全く交流がなかった従兄弟たちも、私たちが発信していることに目を留めて近況を知っていてくれるんだと思うと、非常に嬉しかった。
HPって「私たち元気に暮らしています」と年がら年中、年賀状を出しているようなものなのかもしれない。

それからもうひとつ。今回の葬式でなんとキーボードの生演奏付きだったのには驚いた(ちなみに宗派は浄土真宗)。結婚式でピアノやエレクトーン、キーボードや時には弦楽4重奏などの生演奏があるのは当たり前だが、お葬式でもあるのだ。なんだか妙に演出され過ぎていて少し興ざめをしてしまった。


2000.11.11(sat)

グラグラだった娘の前歯がある日の朝食を食べている最中に抜けた。
今にも抜けそうな状態が長いこと続いていたのでいつ抜けてもおかしくはなかったのだが、よりによって野菜スープを飲んでいるときに抜けてしまってスープと共に胃袋の中に収まってしまった。
私やダンナは初めて抜けたわが子の歯をじかに手に取ってみてみたかったときに非常に落胆した。

「え?飲み込んじゃったの?見たかったのにぃ〜」と口々に言われ、娘もだんだん悲しくなってしまいすごく落ち込んでしまった。かつてないほど深く深く・・・。
落ち込んだ子供を引き上げるために私はとんでもない約束をしてしまった。それは「きっとう○ちと一緒に出てくるから、出てきたら拾えばいいよ。」
「でも汚いしどうやって取るの?」
「いらない割り箸を使えばいいじゃない。」
「そうか、そうだね。」
娘もようやく気を取り直し、私もその場限りの軽い気持ちで口走ったにすぎなかった。

とそれからというものの、毎回トイレとなると私を呼びに来て歯が混ざっていないかチェックさせられるハメに陥っている。
娘には悪いが真剣に歯を探し出すつもりはさらさらないし、歯が混ざっていたところで発見できるわけもなく、そのうちに忘れてくれるかなぁなんて思っているが、彼女の執念は深い。
幼稚園やお友達の家で私がいないところではトイレを我慢してしまう。

幼稚園の先生や近所の八百屋のおばちゃんに歯が抜けたことを嬉しそうに報告し、その歯を飲み込んでしまったこと、そしてそのうち出てくるから毎回トイレで探していることまで喋るので、私は困ってしまっている。もう数日経っていて見逃してしまっているに違いないのに、まだ出てこないと待ちこがれている娘。
どうやって諦めさせようか。

2000.11.07(tue)

娘が歯磨きをし終わってベッドに入るとき、何故かさめざめと泣いていた。
私がなんども「早く寝なさい!」と注意したのが嫌だったのかしら・・。でもそれはほとんど毎日言われていることだし、特にきつく言っていたわけでもないし・・。
何か幼稚園で嫌な出来事があり、それを思いだしたのかしら・・・?
でも今日も楽しかったとさっき言っていたばかりだし・・。

と思い当たることを想像しつつ本人に聞いてみると、なんのことはない下の前の歯がグラグラになって今にも抜けそうなのだという。
「痛いの?」・・ううん。
「怖いの?」・・ううん。
「じゃぁいったいどうしたの?」
・・・・・・・・・「もったいないの・・・」

どっひゃ〜んっ!
ふつう、歯が抜け替わるのって自分が成長してお姉さんに近づいているような気がして喜ばしいことだと 私は思うのだけれど。
子供の歯が抜けたら次には丈夫な大人の歯が生えて来るんだよ、ということはかなり以前から言って聞かせていたし、歯医者さんからもレクチャーを受けていたので知っているはずだが。

「『もったいない』ってどういうこと?」と尋ねてみたら、
「せっかくここに生えているのに、この子どもの歯がここから無くなってしまうのは実に淋しい気持ちがする」というようなことを返答した。次に生えてくる大人の歯は、子供の歯の代わりではあるがそのものではないということらしい。
要は名残惜しいのだ。

そう、このお嬢さん、名残惜しい場面に弱い。
夕方お友達と別れるときは一苦労。夕方5時頃に遊びに行っているお友達の家に私が迎えに行き玄関のチャイムを鳴らしたとたんに、私の姿を見る前から部屋の中で大泣きをしている。一緒に遊んでいた友達も今の今まで機嫌良く一緒に遊んでいたのに、チャイムと同時に泣き出したのでびっくりするし、それに毎回のこととなると「また泣いてる」と呆れている。

おやつも全部平らげるのはもったいないようでちょっびっとだけ残しておく習性があったり(最後のひとつを食べるときには「また買ってね」と言うし)、遊園地や公園、旅行などで楽しかったりしたら必ず「またここに来るよね?」と確認をしてからでないとその場を立ち去れない。

とはいってもまだ小さいので名残惜しいのはその時だけで、数分もすると結構ケロッとしているのだが。いったい父母どちらの性質を受け継いだのだろう・・・。(←それは父親)

さぁ、子供の歯が抜けるとき、どんな騒ぎになることか。


2000.10.12(the)

ひょんなことから日本橋の三越のフランスフェアに出店するチーズショップのお手伝いで、売り子さんのバイトをした。フェアは1週間あったが私が手伝えたのは連休中の2日間だけだったが、約15年ぶりの百貨店バイトはなかなか面白かった。

学生の時にした百貨店バイトは「赤ちゃんフェア」みたいな企画の、しかもマタニティードレス売場の担当で、くそ面白くなかった。なぜなら、当時のマタニティーウエアなんてものは全くお洒落じゃなくて、デニムのオーバーオール(ジャンパースカートというべきか)とかタータンチェック柄のものとか、何だか小学生高学年の日常着のようなものしか品揃えがなかったし(とくに催事場での安売りの品々だしね)、妊婦さんの生活なんて想像もつかない世界だったから、アドバイスのしようがまったくなかった(今なら「コレは脱ぎ着が楽よ〜」とかアドバイスができるが・・・)。

さて今回のフランスフェア。このイベント自体がすごくワクワクする夢のあるイベントだった。
クイーンアリスのビストロがあったり、国産だけれどフランス風のソーシーソン(ソーセージ)やハム、ブータン・ノワール(血入りのソーセージ)が売っていたり!輸入エスカルゴ、あちゃらのキノコ(しかも生の量り売り!)、いろんな種類のブルターニュの塩、そしてナチュラルチーズ、フランスワインなどなど。フランスの香りのするものがあちこちに、しかも試食の嵐で並んでいた。
食べ物だけでなく、洋服、バッグ、テディーベア、フランスの匂いのする小物、陶器、テーブルウエアなどなど何時間でも見て回っていられる、実に興味深いイベントであった。

その中のチーズブースで私は初めてチーズの販売員を経験したのだ。
実はチーズプロフェショナル協会の事前講習会で「販売」についての講義もあった。その講義を聴いて、チーズプロフェショナルたるもの、知識だけでなくちゃんとチーズを必要とする人に対してニーズにそった販売をし、そして出来れば興味をますます持っていただけるように上手にオススメできないとダメだということを痛感し、今までひたすらチーズの消費者だった私ではあったが、機会があれば販売する側にもなってみたいなぁと思っていた。

レストランでも料理が美味しい、シェフの腕がいいというのは当たり前に必要なことだと思うが、もっともっと大切なのはやはりサービス。サービスが料理にいかに付加価値をつけてお客に食べてもらえるか、そしてお客の食事する時間をいいものにできるかがプロというものだと思う。プロとして極めるのが大変だが、プロのサービス人は見た目も振る舞いも素晴らしい。カッコイイ。

販売のプロってなんだろう?
並んでいるチーズを付いている値段で売るだけでなくて、付加価値を付けてあげられること。この販売員だから買いたいわぁ・・・て思ってもらうこと。家に帰って食卓でチーズを食べたときに「美味しい」とか「面白い」とか感じてもらえる商品を売ること。
・・・・そんなことを思いつつバイトに励んだ。

百貨店の催事だったこともあってチーズを買うことを目的に来た人よりは、通りすがりで足を止めていってくださったという人が多かった。そういう人にチーズを買ってもらうには、やはり試食が大切。
「今日はブリー・ド・モーを売り切りましょう!」と専属のスタッフの人と打ち合わせ、とにかく通行人にブリーの試食をしてもらう。すると魚釣りよりも簡単に、「あらこれ美味しいわね。1カット買って行くわ」とどんどん売れる売れる。「2つ買っていただくと、2つで1,100円のところを1,000円と大変お得ですよ」、とにっこり薦めると結構2つ買ってくださるから面白い。
催事場の熱気も手伝って、お客さんが売場に群がるとバザー状態でどんどんつられて買ってくださる。売場が賑わうと何かしら?とお客さんが寄ってくる。相乗効果で大忙しの売場になった。
「販売のプロたるものとは?」みたいな小難しいことはどこかに吹っ飛び、ひたすら試食攻撃でお客さんのハートをゲットすることに燃えた2日間だった。


2000.10.03(tue)

同居をしている義母から松茸のお裾分けをいただいた(自力では買わないし、なかなかもらう機会などないので、これぞ2世帯生活の醍醐味か?)。

さぁ、早速松茸ご飯にしよう!(松茸を使ったお料理で私は松茸ご飯がNO.1に好きである)と米櫃をのぞくと・・あ、なんとか3カップあるかな?とギリギリの量しか残っていなかった。
前回の日記でも書いたが我が家の自慢の炊飯機能付きガスコンロでご飯を炊く場合、きっちり3カップ出ないとうまく炊けないように設定されているのだ。微妙に足りないところはもち米で何とかかさを足して3カップに。 研ぐときに米粒が流れないように細心の注意を払い、ちょっとの間吸水タイム。

さ、美味しい松茸ご飯を作るためにお米をザルに上げてひとまずきっちりと水気を切らないと・・・。といつもはめんどくさくてザルで水切りなんかしないけれど、気合いを入れて丁寧に丁寧に作業を進める。 ちょっとザルを傾斜させてきっちりと水が切れる工夫なんかしてしまったりして・・・(なかなか手が込んでいるなぁと、自分でも感心しながらの作業)。

で、次にはダシを取って、調味料を調合して・・・としばらく水を切っていたお米を流しに放っておいたら・・・・。
え?え?えぇぇぇぇェェェェ〜〜〜〜!!!!
なんと体調3センチくらいのゴキブリが(普通サイズの茶バネゴキブリ)ザルに上げたお米の中に入っているでは!
ぎやぁ〜〜!!
一気にアドレナリンが放出され、動悸が激しくなり、心臓バクバク、鳥肌がザワザワ・・・。

ゴキブリは地をはったり壁を走ったりするが、たまに突然飛ぶことがある。しかも時に顔面をめがけて。それが私にとっては非常に恐ろしくて、嫌でたまらない。なので近寄らないで殺虫剤を遠くから噴霧することしか闘う手段がないのだが、今回は絶対に無駄にできないお米があるのでゴキブリに殺虫剤を発射することができない。でもこのままにしておく訳にもいかず、でもなすすべもなくじっとゴキブリをにらんでいた。すごく怖いというか、恐ろしい時間だったが、よくよく見るとゴキブリが前足で米粒を掴んで口に運んでポリポリと食べているのだ!!お米なんて食べるのね・・・。肉食かと思っていたので意外。

結局ザルにタオルをかけて、ザルから逃げないようにしてザルごとキッチンから遠ざけた。そして広いところでタオルを取り去り、長い箸でゴキブリをザルから出るようにつっつき、出てザルから離れたとたんすかさず殺虫剤を噴射。そしておだぶつ。ゴキブリ以上の素早さが要求される一瞬であった。

では松茸ご飯制作に戻らねば。
でもこのお米、このまま洗って使っても大丈夫か?
う〜ん。ゴキブリが触った、あるいは囓ったお米というのはどうも気味が悪い。でもこれを捨ててしまったら今日は松茸ご飯にありつけないからもう一度水で洗ったら大丈夫に違いない。うん、そうだみんなには黙っておけば問題ないだろう。どうせ火にかけるから殺菌消毒されるだろうし。
ということで、その日は美味しい松茸ご飯を家族みんなで堪能できました。


2000.09.12(tue)

徐々に秋。中秋の名月ということだけれど今日は雨で無理かしら・・・。
夏も食欲は落ちなかったけれど、秋になったらやはり食欲が以前より増してくるもの。アレも食べたいし、コレも食べたい。ちょっとご無沙汰だった赤ワインやシングルモルトもゆっくり飲みたいし・・・。近所の夏祭りのくじ引きで娘が当てたお米もたくさんあるし、炊き込みご飯でも作ってみようかなぁ。

そうそう、結婚以来佐藤家は玄米食だし, 最初に住んだマンションのキッチンがすごく狭かったこともあって、炊飯器はもっていない。ダンナが持ってきたビタクラフト(無水鍋)で玄米が美味しく炊けるので必要なかったし。でも一度に6カップぐらい炊かないと上手に炊きあがらないので、1週間に1度炊いてこまめにラップでくるんでフリージング。毎晩チンご飯を食べている。

娘が離乳食→普通食と移っていく過程で、消化しにくい玄米は子どもには・・・と思って、彼女には特別は白米を炊いてやっていた(変な話、小さい頃は玄米を食べさせると消化されずう○ちにそのままの姿で出てきた)。炊飯器がないから電子レンジで。
約6年前に購入した電子レンジだが、なかなか優れもので「炊飯機能」がちゃんと付いているので、耐熱のボウルにお米を洗って分量の水を張ってラップをしてレンジにかけると、1カップくらいの少量のご飯がすぐに炊けてしまう。ちょうど娘一人分にはいい量。
電子レンジにも調べるといろんな機能が付いていて、魚を焼く機能、シチューが作れてしまう機能などいろいろあるが、全然使いこなせていないのが実情。宝の持ち腐れ。

そしてなんと!
我が家の新しいガスコンロには炊飯機能が付いているのです。
鍋で(ガスで)ご飯を炊いていたのでガスコンロで炊くのは当たり前なのだが、この機能は火加減も自動でしてくれるし、炊きあがったら勝手にガスが消える仕組みになっているの。炊く量も3カップとカレーライスなんかをメニューにした日にはちょうどイイ加減。
電気炊飯器と同じような手軽さで、(タイマー予約はできないけれど)ガス火で炊きあげるから美味しいし。
いやぁ、キッチン回りも日々進化して便利になっている。

ひとつの電化製品で実は何役もこなせてしまうから、キッチンはすっきりするはずなのに、それなのにゴチャゴチャと器具が存在する我が家(きっとどこのご家庭もだと思うけれど)。
でもトースター機能が付いている電子レンジでトーストしたパンは美味しくない。これは付いていない方がましだと思うのは私だけだろうか?


2000.09.01(fri)

私も娘も歯がわりあいと丈夫で、歯医者さんにはほとんどお世話になったことがない。

しかし娘が1歳半の時に転んで折れた前歯が黒ずんできて、最近歯ブラシをすると血が出るようになったので、さすがの私もちょっと心配になり今日初めて歯医者さんに予約をして行ってみた。
(もちろん歯が折れたときに、走って歯医者さんに飛び込んだが、あまりにも子どもが小さすぎて根元の残った歯を麻酔をかけて抜くことができないから、6歳くらいまでほっておきなさいということだったのだ)

ついでに30数年間、生まれてこのかた歯医者さんには世話になっていない私も、歯の健康診断をしてもらうことにした。

歯医者さんって、テレビなんかでは見ていたけれどすごい装備がたくさんあるのね。イスが自動で動くのは当然だけれど、脇にあるうがい用の小さな流し(?というのだろうか?)も口を濯いでペッと水を吐き出すと自動でシャ〜って流れるし。口元を照らすライトもイスの動きに合わせてちょうど良い位置に降りてくるし。
そしてたまたまかもしれないけれど、かかった歯医者さんは明るくてちょっとファンシーでそして清潔な感じで、清潔でもどこか冷たい感じのする大病院とか昔ながらの医院のような病院臭さがないのである。そういえば産婦人科もこういった感じのがよくある。

実は私、生まれてこれまで虫歯になったことがない。虫歯の痛さというものを経験したことがないし、歯を削る音ももちろん耳元で聞いたことがない。特別歯磨きが上手なわけでもないと思うので、きっとできにくい体質(そういうものがあるとしたらだけれど)なんだと思う。
でも歳は確実にとっているので歯もそろそろ老化現象がはじまっているかもしれないし、できれば歳をとっても自分の歯で美味しくものを食べていたいと思い、検診を受けてどこか悪かったら直そうかなぁと思っている。

そしてその検診の結果、いやぁ、虫歯があるある。治療をした方がいいのが2本、削る程度でいいものが2本。それでもなかなか優秀な歯だそうで、実に綺麗なほうだと言われてしまった。
虫歯が4本もあるのに綺麗なほうなの?じゃ、世の中の人ってどんな歯なんだろう。虫歯を抱えていない人の方が世の中では少数派なのかしら。

ともかく私は来週から歯医者さん通い。長年のうちに溜まった歯石もとってもらうことになった。
前歯の裏側って自分じゃなかなか見えない部分だけれど、鏡で見せてもらったのだがずいぶんと汚れていて、我ながら恥ずかしかった。それをカリカリ・・・とフック状になった器具で削り取ってもらったのだが、取り去った後の舌触りが今までと違うためとっても違和感があって、気になって気になって仕方がない。

来週以降、自分の口の中が違和感でいっぱいになってしまうのだろうか・・・・。何だか気味が悪そう。


2000.08.23(wed)

長い夏休み。
昨日も今日も明日もあさっても・・・・な〜んにも予定がない。
娘も同様、な〜んにも予定がない。
2人して朝から「暑い暑い」とだらだらと過ごしている。
私は本当はいろんな用事をしたいのだ。
でも2人きりだと私だけ一方的に用事ができない。娘は一人遊びが上手だしおとなしいのだが, 一日中ともなるとやはり私に絡んでくる。「ねぇねぇおかぁさん、これ見てよ!」とか「おかぁさん、このご本読で。」とか「おかぁさん、トイレ行ってきていい?」(勝手に行けよ!)・・・・・・と、何かとまとわりついてくる。
更新しようとパソコンに向かっていても、「のどが渇いたから麦茶ついでくれ」・・・・・。あぁこういうときに兄弟がいたら、子供同士で遊んでくれて楽なんだろうなぁと思ってみたり。(というのは全くの誤解で、兄弟げんかが絶えなくて母親は一日中声を荒げていないとならないので、たまったものではないらしい。)

しまいには私が無視をしつづけてしまうので彼女は真昼間からテレビを見ている。
ケーブルネットには1日中アニメを流しているチャンネルがあって、夜の10時とか11時とか子どもは当然眠らないといけない時間でもやっているから困ってしまう。(なつかしのアニメもやっているので、実は私も楽しんでいるのだが)
これではいかん!テレビは夕方のゴールデンタイムまでは点けてはいけない!とおきてを作り、午前中から夕方まではFMを流している。

引っ越してきた当初はJ-Waveを愛聴していたのだが、どうも私のニーズにしっくり来ない。なんだかナツメロ風の選曲ばかりで、今COOLな曲とかこれから流行りそうな曲とかが見えない。
関西で聞いていたFM802のあのノリと、選曲のセンス、しつこいくらい流れるヘビーローテーション、コテコテの関西弁のDJ・・・全国的に考えてもなかなか面白いFM局だったなぁと離れてから気付いた。 東京ではどんなにアンテナ伸ばしても電波をキャッチできないし、聞くことができないのが寂しいくらい。
そしてしばらくは関東地方のFM局ジプシーをしていた私は、最近ようやくFM横浜に落ち着いた。
なんなんだろう・・・、わりと選曲とか話題とかが私にはしっくりくる。洋楽、J-popのかかるバランスもいいし。新旧の選曲もなかなかだし。

親子で朝から聴いているので耳のいい娘は「横浜そごう」のジングルを覚えて、それをピアノで奏でている。♪ レ・ファ・ファ・ソ ドラ〜 ♪(なんだってさ)


2000.08.18(fri)

佐藤家はお盆休みといってとくに長期の休暇を今年は取っていない。(毎年とっていないか・・・)
今年は東京で過ごす初盆(とは言わないわね)なので、空いている都心を楽しもうという企画を私は心ひそかに立てていて、普段は車の量が異常に多い東京の都心を車で走り回って、土地感をつかもうと計画していた。
そう、首都高も走ってみたいし。

でもその計画をダンナに打ち明けると、「首都高は恐ろしい道だから君には危ない。道幅も狭いし、急にトンネルとか分岐点がでてくるし、事故る確率が高い。」などと強硬に反対されてしまった。
じゃ、しばらくは首都高は助手席で我慢して感をつかめたなと思ったらデビューしよう。
でも山手線の内側には絶対に足を踏み入れたい!と思っていた。
山手線の内側って地下鉄を使うことが多いので、たまにタクシーなんかに乗ると、あそことあそこはこの道でつながっていたのね、と点でしか捕らえていなかった街がようやく平面的になったりする。だからこそ自分の運転でいろいろと確認してみたいのだ。 (10年位前は自転車で結構山手線の中側をうろうろとした事もあったけれど)

お盆の日曜日(つまりは13日)にドライブしがてらランチをしよう!ということになり、家を出た。
さて、どこに何を食べに行こうかと考えたが、お盆の日曜日、オフィス街のレストランとかはどこも閉まっているにきまっているし、渋谷とか銀座とかって車を停めることが大変そうだし・・・・う〜んどうしようか〜なんていっているまに、なぜか全然方向違いの郊外に行ってしまった。
多摩川の川べりをずっと走って、思いもよらないところに出たので、それはそれでとても楽しかったのだが。

電車だと家から中央の駅(渋谷とか新宿)に出て、そこから私鉄に乗り換えて2時間くらいかかる場所も、車を使うと全然違ったコースで行けるので1時間くらいで行けたりして。
こうして確実に東京の行動範囲の地図を広げている。

今日は娘を乗せて新橋までドライブしてみよう。
まだ車もそんなに出ていないだろうし。そしてチーズと美味しいパン屋に寄ってこよう!


2000.08.06(sun)

チーズ会や幼稚園のキャンプや里帰りを兼ねて関西に1ヶ月半ぶりに帰った。(もう東京に戻ってきたけど)
まだ去ってから日が浅いこともあって懐かしいというよりは帰ってきたという気分だったが、関西から離れて東京に住んで改めて神戸、芦屋、西宮の住環境の良さに感動をした。
まず空気がキレイ。道幅が広い。(今住んでいるところに比べて) そして地方なのにハイソサエティ。
聞くところによると30代のプチブルマダムの愛読紙VERYでは芦屋に住むマダムを「芦屋レーヌ」とか呼んでいるとか。あぁ、私もかつては芦屋レーヌだったのだなぁ。
そう、りっちゃんは私のことを「芦屋のカリスマチーズ主婦」と命名してくれたっけ。
「芦屋」ってやっぱ全国的にも通じる地名かも。

今回の帰省は何だかとても発散できた。
超久しぶりにカラオケなんかにも行ったりしたし、実家に子供を預けて夜遅くまで友達と飲んだり、明るいうちからワインバーに行ったり、そして仕事もこなしたり。
そしてちょっと足を伸ばしていった徳島では料亭青柳のセカンドのお店「婆娑羅」がとても良かったし。 たらいうどんも経験できたし。
その土地で生活をしていない旅行者だから、思いっきり遊べてしかも友達はたくさんいて歓迎してくれてこんなに嬉しいことはない。
いらんもんもたくさん買っちゃったし。(旅行しているとどうも財布のひもが緩くなってしまう)

ちょっとリフレッシュして心の洗濯もできたら、やりたいことが見えてきた。
東京の暮らしもリズムができてきたので、ちょっと余裕をかまして新しい世界を広げよう。
もっともっと知的好奇心が欲求するままに外に出ていこう。

で、何をするか。
今やりたいことが3つもあって、どれにしようか思案中。
こんなに暑い夏から始めるのも何だから、もうちょっと悩んで涼しくなったら行動しよう。

さ、明日は娘を連れて池袋へ影絵を見に行こう。
池袋、遠いなぁ。


2000.07.26(wed)

7月23日にチーズプロフェショナル協会の初めての資格試験が行われた。
発足当初は、協会側は200人くらいは受験者が集まるかなぁとなんの根拠もなく予想を立てていたが、ふたを開けてみたら495人もの申込があった。
受験者はもちろん、私もいったいどんな試験問題になるのだろうかというのが最大の関心事だった(私は問題作成に関与しなかった)。

試験当日、私は試験監督をおおせつかり2時間も立ちっぱなしで、受験生の間をうろうろと徘徊していた。みんな真剣に机に向かってコツコツコツコツ・・・・みるみる答案が埋まっていく。
すごい。みんなちゃんと勉強をしているんだ・・・・。

試験は日本のチーズのマーケティング、各国のチーズの詳細、チーズの製造について、料理、サービス、販売などなどチーズに関するあらゆる方面から出題されるので、市販のチーズ本をパラパラとめくり目を通すくらいのことでは到底知識が足りない。
採点の結果はまだ出ていないが、「プロ」として求められる知識は広く深いので、合格するにはかなりの力が必要だろう。

これは私が思うことだが、知識もプロには必要であるが、やはりチーズが好きで、チーズを見てさわって食べている人でないと、この協会の求めるプロフェショナルではないような気がする。
ソムリエの試験に合格した人でも実は「アルコールはほとんど飲めないんです・・」みたいな人がいると聞いたことがあるが、チーズを実際にはあまり食べたことがないとか嫌いという人が取れてしまう資格では意味がないと思う。

来る2次試験ではちゃんとチーズを知っていて、自分の言葉でチーズ(の味)を表現できて、応用がきいて、そしてチーズって美味しいんだよとアピールできる力量を兼ね備えた人を、ちゃんと選ぶことができたらいいなぁと、理事のひとりとして思っている。


2000.07.18(tue)

お陰様で、目の方はもうすっかり良くなった。両目が開き、コンタクトレンズを入れられ、そしてかゆくも痛くもないというシアワセがどれほど大きなものなのかが身にしみてわかった気がしている。

そんなこんなですっかり日常を取り戻している私。
なんと今日は娘が幼稚園のお泊まり保育というイベントがあって幼稚園に泊まるので、母親業からフリーになるのである!前々からダンナに「18日の夜は空けといてね。夜ご飯食べに行こうね。」と予約をしていたのだが、昨日になってダンナが仕事で11時くらいまでかかってしまうから無理とのこと。もろくも予定が崩れ去ってしまった。

でもせっかく心おきなく夜遊びができる絶好のチャンスだから、いつもできないことをした〜いい!と思い、誰かつき合ってくれそうな友人を物色するが、いきなり当日に「夜ご飯食べない?」なんて気安く誘えるようなお友達がいないのが、主婦の泣き所。
東京にいる古くからの友人はみんな結婚してるか子持ちだし、同じ幼稚園のママを誘うほど親しくないし。 ダンナ以外誘えるような男性もなく・・・・。(たとえいたとしてもno thank youっていわれてしまうだろけど)
日頃からつき合いが悪いと、いざってときにダメですね〜。

結局、10時過ぎにワインバーを予約して仕事が終わり次第ダンナと合流することになったが、よくよく考えてみたら9時過ぎに化粧してお洒落して、暗い夜道をとぼとぼ駅まで歩いて、電車乗り継いで繁華街に出かけるのも、なんだかしんどいことだなぁ〜、やめよっかなぁ〜〜〜と、すっかり気分が盛り下がってしまっている。
ダンナも忙しいのにわざわざ仕事が終わって奥さんの待つ飲み屋に走るってのも可哀想かなぁ・・
でも家でひとりでワインを飲んだくれるのも淋しいものもあるしなぁ・・

こういうチャンスに世の中の主婦はいったい何をするのだろうか?
昔のように自由な時間を急にポンと与えられても、意外に上手に活用できないものなのね。
会社を定年退職したオジサンの気分。(ヒマを持て余している・・・・)


2000.06.26(mon)

今、夫婦揃ってはやり目にかかっている。はやり目、正式には「流行性角結膜炎」というらしいのだが、単なる結膜炎とあなどっていた私は今大変なことになってしまっている。

アレルギー体質である私は、梅雨や夏に小さな頃から良く「ロホウセイ結膜炎」というアレルギー体質の人がなる結膜炎にかかっていたが、目薬をさして4〜5日もすればすっかりよくなっていた。今回もきっとそんな軽い結膜炎だろうとタカをくくっていたところ、いつまでたっても充血がとれないばかりか、かなり痛がゆくなってきた。
ダンナも同じ時期から同じような症状だったので二人して眼科へ診察へ行った。「はやり目です」ということで、目薬を2種類処方してもらってまた1週間後に来るように言い渡された。

完治するまでに2〜3週間かかるということであったが、こんなもん気力で1週間で治してやる〜なんて、思っていた私だったが、先週の金曜日には目が開けてられないくらい痛み、涙がボロボロでてきた。そう、コンタクトレンズをはめているときに(ハードレンズ)小さなほこりが入って目がゴロゴロと異物感があるような感じ。コンタクトレンズでそんな症状の時はレンズさえはずせば異物感もなくなるが、今回の場合はもちろん裸眼でそういう痛みが生じているので、目をつぶっていないと何も手につかない状態なのである。
とりあえずその晩は早めに就寝し、翌朝目が覚めて鏡を見てびっくり。(汚い話だが目覚めても、瞼が目やにでガビガビに固まって目が開かない日々が続いている)鏡の中の私の左目はおいわさんのように腫れ、いつもの1/3くらいしか開かないのである。それに痛みというか異物感も相変わらずあった。しかしながら、その日は名古屋のNHKのチーズ講座の日であったため、醜い左目を眼帯でかくして新幹線に乗ってなんとか仕事をこなしてきた。

余談になるが、自分で言うのもなんだが、私は結構眼帯が似合うのである。眼帯はふつうの白い四角いやつだが、メガネとかはあまりにあうものがないのに眼帯は妙にしっくりくるのである。ダンナもすごく似合っている!と太鼓判を押してくれた。(うれしくないが)

日曜日も目の痛さにのたうち回りながら、眼科が営業する月曜日(今日の日)を迎えた。私の目を診察したお医者さんは「こんなにひどいはやり目は開業以来見たことがありませんねぇ。お気の毒に・・・・」とのこと。ウイルス性のこの病気は抵抗力のあるふつうの大人ならばしばらく充血するくらいですむことが多いのだそうだが、まれに角膜に傷ができて偽膜というものができているそうだ。抵抗力の弱いオコチャマはこのような症状まで進むことがあるそうだが、健康にはかなり自信があった私がオコチャマ並みの体力とはなんとも情けないことか・・・・。
今が病状の山場だということだが、まだしばらく完治するまでには時間がかかるそうだ。あぁ、今週の木、金曜日には楽しい予定が待っているのに・・・。せめてそれまでにおいわさんのようなこの腫れが引いてくれたらいいのだが・・・・。
特効薬はなく、とにかくウイルスと闘うためにカラダをできるだけ休めること、要は安静にして栄養のあるものを食べることだそうだ。チーズ系主婦としてはやらなきゃならないことが山積みなのに、安静になんかしてられっか!!と、心の中で毒づいているのである。


2000.06.23(fri)

ゆうこの東京レポート、その1。

東京は渋谷とか新宿とか新橋とか表参道とか四ッ谷とか上野とかそういう、いわいる有名な駅(どういう基準で有名なのか・・・)でない、普通の駅でも(JR、私鉄、地下鉄のどれでも)非常に人通りが多い。人通りというか人口密度が高い。東京中が大阪駅(梅田駅)状態。大阪だって自慢じゃないけれど、日本で第3位(?)の都市の中心地なのに!!
人通りが多いのは駅前だけではなくて、町のショッピング街も。(要するに商店街とかスーパーとかのこと)ちょっと晩ご飯のお買い物に10分くらい出るだけで、ぐったりするほどの人混み。道幅が狭いのか、それとも自転車と車の通行が多いのか、前を見てまっすぐに歩いているつもりでも後ろから警笛を鳴らされるし、子どもとしっかりと手をつないでいないとはぐれてしまいそうになる。
歩いている人も買い物をしている人も心なしかセカセカしている。エレベーターも乗るやいなや「閉」のボタンを押すような人が多い気がしてならない。(これは偏見か?)
のんびりペースの娘とちょっと買い物に出たときに、「おかぁさん、何だか怖いところだね」と彼女が感想を漏らして、「そうだねぇ〜」と心から同意してしまった私たちは「田舎もん」かもしれない。

そしてその空気の悪さにもびっくり。
家は大きな通りには面していなくてわりと静かな住宅街にあるのだが、窓をふつうに開けていると1日でフローリングの床にうっすらと埃が積もる。その埃が白い綿埃ではなく黒いススのような埃なので、素足で暮らしている娘やダンナの足の裏は、夜には真っ黒になっている。クイックルワイパーもどきで毎日掃除をするのだが、その労力も無駄なくらい面白いように黒い埃がたい積する。
娘は私に似てアレルギー体質で風邪をひくとそこから喘息のような症状を併発する。しかし、こちらに来てまだ数週間だが、風邪も特にひいていないのに咳がでて胸もひゅうひゅうと音がしている。近くの小児科医の見立てだと、引越の疲れやストレス、引越荷物で生じたほこり、そしてなんと言っても空気の悪さが原因ではないかとのこと。

ダンナにとっては故郷の東京で何の抵抗もなく暮らせるのかもしれないが、私はちょっとこれからペースを掴むのに時間がかかるかもしれない。
言葉はすっかり東京弁使ってるけど。

2000.06.21(wed)

娘の幼稚園選び、これは引っ越す前から私にとっては難関であった。
関西で通っていた幼稚園は「家から近い」、「歩いていける」、「お弁当である」、という昔ながらのテイストがポイントになって選んだのだが、通わせてみると上品で、非常に教育熱が高く、また先生方も丁寧で美人さん揃いのママもパパも大満足の幼稚園だった。
佐藤家の教育方針がどうのこうの・・・という以前に、子どもは幼稚園の雰囲気に染まり、お嬢さんっぽく(根が女らしいので)変化していった。 できれば、東京でも似たような雰囲気の園を選んでやれるのが一番いいのだが、全く同じような幼稚園というのはなかなか存在せず、初心に戻り「家の近く」「歩く」「お弁当」というキーワードで探したところ該当する園を見つけた。

まずは私ひとりで幼稚園の偵察に。悪くはないが、どちらかといえば下町っぽいというか地元の幼稚園という感じで、「上品系」というよりは「カジュアル系」であった。私が小さな頃はこんな感じの幼稚園に通っていたなぁと思いつつも、娘にとっては今までの園とかなり雰囲気が違うからひょっとしたら登園拒否になってしまうかもしれない・・・。お友達と遊ぶのが何より好きだけれど、馴染めなくていじめられるかもしれない・・・。と、どんどんマイナスに考えてしまって、何が何だかよくわからなくなってしまった。
一度本人を連れて見学に行って、そしてその反応を見て決めようと思ってその日は帰ってきた。

しばらくバタバタして、幼稚園を決めるどころの騒ぎではなかったのだが、ある日娘が「お友達と遊びたい」としんみり訴えてきたので、非常にあわてた。
幼稚園を決めるのはまだまだ先でいいや、もう少し今までの園のような上品系の園を探そう・・・なんて悠長に思っていたのだが、とりあえずカジュアル系の幼稚園に連れて行って見学をした。
子どもに選べといっても判断のしようがないのはわかっていたが、彼女は幼稚園を見に行くよと言っただけなのにもう自分は通えるものと思ったらしく、「ここがいいよ〜」「明日から行きたいよ〜」と連発した。「え?まだお部屋を見ただけじゃないの。お友達が遊んでいるところを見なくていいの?」(放課後に訪問した)なんて、彼女に言ってみても、聞く耳を全く持たない。
ええい、もうここに決めてしまえ〜!!と、またまたなんだか、めんどくさくなって即刻入園手続きを済ませてしまった。

こんなに簡単に子どもの言いなりで決断してしまって本当によかったのかしら?と、その日の夜は非常に悩んだ。悩むというか、前の幼稚園のお友達の顔が浮かび、ママ達との楽しい生活も思い出されて、不覚にも枕を涙で濡らしてしまった。

心配していた初登園の日。
少々緊張したとみえてお弁当をきれいには平らげてはこなかったが、家に帰ってきてから新しくできたお友達の名前をうれしそうに報告してくれたので、母親としてはホッとした。
東京と関西だと、言葉のイントネーションも違うだろうし、ジャンケンひとつにしてもやり方が違うようだが、そういうことにはあまり頓着せずに楽しく毎日通っているようで、子どもの順応性にはひたすら感心をしている。

2000.06.20(tue)

トップページにも載せていたが、2週間前に東京に引っ越してきた。
転勤の内示が出てから関西の友人たちに(特に幼稚園ママたち)、連日遊びに食事にお誘いを受け、チーズの仕事もレギュラーでこなし、もちろん家事や引越の準備もそれなりにこなしていて、恐ろしいほどのハードスケジュールであった。(その当時は夢中というか、貪欲に遊んでいたのであまり感じなかったが)

私の今までの人生の中で遠い土地に引越をするというのは2回目。関西を離れるのは23年ぶり。(23年前は東京から関西に越してきた)親も学校時代の友達もそして結婚してからの友達もほとんど関西なので、どんなに東京が楽しい場所であるということを知ってはいても、引越の日が迫ってくるにつれどんどん名残惜しくなってきた。忙しい日々の中、ふと手を止めたときにじわ〜っと淋しさがこみ上げてきて、できることなならもう少し引っ越す日にちを引き延ばしたい・・・なんて、何度も思った。

引越の当日、幼稚園の仲良しのママ達が旅立つ私たちのために集まってくれて、別れを惜しんでくれた。
みんなと別れる私でなく送り出してくれているママ達の目が潤んでいるのを見て、思わず私もホロッと来て危うく涙してしまいそうになった。でもダンナや子どももいる手前、無理に堪えてしまった。

娘が幼稚園に入園していつの間にか出来ていた私の居場所から身を引かないといけないのは、本当に残念でならないけれど、このまま何年も関西にいてもいつまでも同じような人間関係が継続するかどうかなんてわからないのだから・・・・と、心に言い聞かせて、また新たな人間関係を新しい土地でも自然にできるに違いないと楽観的に考えるようにしている。

東京に来てしばらくは家の片づけ、チーズプロフェショナル協会の理事会や講習会のお手伝い、と目まぐるしい日々を送っている。ダンナは会社、娘は新しい幼稚園に通いだし、そろそろわたしも自分の生活のペースを作りつつある。
ラジカセ(といっても最近はMDコンポなのね)を買って、朝からFMを流しっぱなしにして東京の雰囲気を楽しんでいる。




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